2026/5/11
記事

はじめに
GHG(温室効果ガス)プロトコルが約20年ぶりの大幅改定を迎えています。WRI・WBCSCDが主導するこの国際基準は、SBTi、CDP、RE100、IFRS Sなど脱炭素に関わるほぼすべての国際枠組みの根拠となっており、その改定は日本企業の算定実務・再エネ調達戦略に直結します。特にScope 2では、エネルギーおよび証書を1時間単位で実際の需要とマッチングする「アワリーマッチング」の導入が議論され、現在主流の非化石証書を使った脱炭素アプローチが根本から問い直される可能性があります。最終基準の公表は2027年末予定ですが、 改定のポイントと、今後想定される日本企業への影響を解説します 。
阿須間 麗
株式会社JERA Cross テクノロジー本部 顧客支援システム部 部長
コンサルティング会社/事業会社にて複数のDXプロジェクトに従事後、Tech系スタートアップで新規事業・プロダクト開発を主導。現在はJERA Crossにて、GX領域でのデジタルソリューション開発を推進中。
GHG(温室効果ガス)プロトコルは、企業が温室効果ガス排出量を算定・報告する際の事実上のグローバルスタンダードです。WRI(世界資源研究所)とWBCSD(持続可能な発展のための世界経済人会議)が主導して策定したこの国際基準は、2001年の初版発行以来、脱炭素に関わるほぼすべての国際枠組みの根拠として使われてきました。
参照されている主な枠組み:
SBTi(科学的根拠に基づく目標設定イニシアティブ)
CDP、RE100、GRI
IFRS Sサステナビリティ開示基準
欧州CSRD/ESRS
その基準が今、約20年ぶりの大幅な改定作業を迎えています。2024年から開始された改定プロセスは、2027年末の最終版公表を目標とし、特にScope 2(電力使用に伴う間接排出)の算定ルールを中心に、企業の脱炭素実務に直結する変更が議論されています。
日本企業にとっても、この改定は対岸の火事ではありません。有価証券報告書のGHG排出量開示においてGHGプロトコルに基づく算定が求められる中、今回の改定によって、現在主流となっている再エネ調達戦略を見直す必要が生じてきます。
GHGプロトコルの改定は、運営委員会(SC)、独立基準審議会(ISB)、専門作業部会(TWG)という三層構造で進められています。TWGは4つのグループに分かれており、それぞれの議論を担っています。
コーポレート基準(Scope 1・2全般):株式会社ゼロボードよりメンバーが参画
Scope 2(電力):自然エネルギー財団よりメンバーが参画
Scope 3(バリューチェーン全体)
AMI(Actions and Market Instruments:市場手段と削減行動の扱い):日本鉄鋼連盟よりメンバーが参画
2025年10月〜2026年1月:Scope 2に関するパブリック・コンサルテーション(意見公募)実施
2026年Q2〜Q3:コーポレート基準・Scope 3のパブリック・コンサルテーション開始予定
2027年末:Scope 1・2・3の最終改訂版公表予定
2028年末:AMI基準の最終化予定
改定確定まで数年の猶予はあるものの、企業は今から改訂内容と対応事項について理解することが求められます。
今回の改定で最も注目を集めているのが、Scope 2(電力使用に伴う排出)における算定ルールの厳格化です。中でも「アワリーマッチング(Hourly Matching)」と「供給可能性(Deliverability)」の2つの要件が、日本の電力業界・企業実務に大きなインパクトをもたらすとされています。
現行の非化石証書を活用したScope 2算定では、企業は年間の電力消費量に相当する分の再エネ証書を調達すれば、脱炭素を主張できます。つまり、昼間の太陽光発電に由来する証書を購入しても、実際には夜間の電力消費に割り当てることができていました。
改定案が提示するアワリーマッチングは、 電力の発電時刻と企業の電力消費時刻を1時間単位で一致させるという考え方です。これによって、電力の物理的な流れと企業の報告の整合性を高め、「実態を伴わない脱炭素の主張」を排除することを目的としています。
具体的には以下の変更が想定されています
ロケーション基準:1時間単位の系統排出係数を使用
マーケット基準:消費した電力と同じ時間帯に発行されたエネルギー属性証書(EAC)が必要
SBTiの最新改訂案では、年間電力消費量が10GWh以上の大規模需要家に対してアワリーマッチングの段階的導入を義務付ける案が示されており、影響力の大きい企業から先行して対応が求められる見通しです。
アワリーマッチングについてはこちらの記事もご覧ください。「アワリーマッチングとは?GHGプロトコル改訂で変わる企業の再エネ調達と対応策」
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供給可能性とは、企業が「エネルギーを使った」と報告する際、その電力が実際に物理的に供給可能な地域で発電されたものであることを証明するという要件です。
改定案では、これを市場バウンダリ(日本であればJEPXの入札エリアに相当する10エリアが基準になる可能性がある)や物理的な送電可能性で制限する方向が示されています。この論点については、経済産業省や三菱総合研究所からパブリック・コンサルテーションにて意見を提出し、日本のエネルギー政策や電力市場の実態を踏まえた制度設計の重要性を指摘しました。
この改定案で特に日本企業に影響が大きいのが、FIT(固定価格買取制度)由来の電力に紐づく非化石証書の扱いです。
改定案では「標準供給サービス(Standard Supply Service)」という概念が導入されており、政府制度や規制によって提供され、企業が自らの意思で選択・追加的に調達したとはみなされない電力が該当するとされています。この定義に照らすと、FITや一部のFIPはこの「標準供給サービス」に分類される可能性が高く、それに紐づく非化石証書を企業が「自社で使った再エネ」として計上できなくなる可能性があります。
現行の日本の再エネ調達戦略の多くが非化石証書に依存していることを考えると、この変更が確定した場合、多くの企業において調達方法の見直しが必要となります。
Scope 2と並行して、Scope 3(バリューチェーン全体の排出)の改定も進んでいます。2026年4月、GHGプロトコルはScope 3 TWGがフェーズ1で検討した内容をまとめた暫定報告書を公表しました。
現行では、重要性が低い排出源についてはScope 3算定から除外することが認められています。一方、改定に向けた議論では、排出量の95%以上をカバーすることを求める方向性(いわゆる「95%カバレッジ」)が検討されています。これが導入された場合、これまで対象外としていた小規模サプライヤーや中間工程についても、データ収集・算定が必要になる可能性があります。
Scope 3は現在15カテゴリーで構成されていますが、これとは別に、企業の削減貢献を扱う新たな開示区分(いわゆるカテゴリー16)の検討か進められています。これは、企業が自社インベントリには反映されない形で行う脱炭素貢献(再エネ開発への投資、途上国での省エネ支援など)を、補足的に別途報告できる仕組みの整備を意図したものです。
改訂では、排出量データの透明性向上も重要な論点となっています。
一次データと推計データを区別して開示する仕組みの導入
第三者検証の状況(検証済み・一部検証・未検証)の開示
GHGプロトコル改定では、AMI(Actions and Market Instruments)と呼ばれる新たな基準の導入が検討されています。これは、従来の「排出インベントリ(Scope1・2・3)」とは別に、企業の脱炭素行動を補完的に報告するための枠組みです。
企業が再エネ開発プロジェクトへの投資、カーボンクレジットの購入、削減技術の提供といった取組みを行っても、現行基準ではこれらが自社のScope 1・2・3排出量に直接反映されないケースが多くあります。AMIは、こうした「バリューチェーン外での脱炭素行動」を可視化するための新たなレポート構造(マルチステートメント型GHG報告)を検討しています。2027年Q3にパブリック・コンサルテーションを実施し、2028年末の最終化が見込まれています。
GHGプロトコル改定の中核テーマであるアワリーマッチングへの対応として、電力調達およびGHG排出量算定・報告の方法を変える必要があります。その解の一つとして注目されているのが、アワリーマッチング対応型のカーボンフリー電力供給サービスです。
JERA Crossが提供する「24/7カーボンフリー電力」は、企業の電力消費パターンを1時間単位で分析し、その消費時間帯に実際に発電された再エネ等のカーボンフリー電力と証書をマッチングさせることができます。
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従来の年間ベースの証書調達では、太陽光発電の出力が集中する昼間に発行された証書を、夜間の電力消費に充てることができていました。しかし、この方法では「実際にカーボンフリーの電気を使っている時間帯」と「証書が示す発電時間帯」がずれており、電力系統の脱炭素化に実質的に貢献していないという批判が世界的に高まっています。
GHGプロトコル改定後の新基準において、マーケット基準でゼロ排出を主張するには、消費時刻に対応した証書(時刻情報付きEAC)が必要となる見通しです。
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1. 消費実態に連動した時間単位のカーボンフリー電力供給
企業の30分または1時間単位の電力消費データを基に、調達力を活かし、同じ時間帯に発電されたカーボンフリー電力および証書を調達・マッチングします。PPA追加締結、蓄電池導入検討、デマンドレスポンスとの組み合わせまで、包括的な脱炭素ロードマップを策定、実行を支援します。
2. JERAの開発力を活かした次世代電源開発
再エネ(太陽光 等)の出力変動を補う水素や蓄電池等の次世代電源の新規開発を行うことで、時間帯・地域ごとに安定した電源供給を実現します。太陽光が発電しない夜間・雨天時でも、地熱・洋上風力・バイオマス等の安定電源から電力・証書を供給できる体制を整えています。
3. 国際標準に準拠したアワリーマッチングのプラットフォーム活用
アワリーマッチングの国際標準であるEnergyTag Standardから認定を受けたプラットフォーム(Granular Energy Platform)を用いて、マッチングレポートの発行が可能です。これによって、GHGプロトコル改定後に求められる「同時性(Simultaneity)」要件に対応した報告が可能になります。
論点 | 現行基準 | 改定案の方向性 | 企業への主な影響 |
Scope 2 ロケーション基準 | 年間平均排出係数を使用 | 1時間単位の系統排出係数の使用を検討 | より精緻な時間別排出量の把握・データ管理が必要 |
Scope 2 マーケット基準 (アワリーマッチング) | 年間ベースの証書調達が可能 | 消費時刻と同一時間帯での証書調達の要件を検討 | 時間単位の電力使用量把握と、時刻情報付きEAC調達体制の整備が必要 |
供給可能性 (Deliverability) | 地域制限は限定的 | 同一電力市場エリア内等、物理的に供給可能な電源の使用が重視される方向 | 域外証書の利用が制限される可能性、調達戦略の見直し |
FIT非化石証書 | 幅広く使用可能 | 標準供給サービスに分類され、標準的なScope 2対策としての位置づけが変わる可能性 | 主要な調達手段の見直しリスク、代替手段の検討が必要 |
Scope 3算定範囲 | 重要性が低い排出源は除外可能 | 排出量の95%以上をカバーする方向性(カバレッジ強化)が検討 | サプライヤー・中間工程を含むデータ収集範囲の拡大、算定負荷の増加 |
AMI(削減貢献量) | 自社インベントリ外の行動は基本的に報告対象外 | 排出量とは別枠での補完的報告(マルチステートメント型)の導入を検討 | バリューチェーン外の脱炭素貢献を可視化・対外発信できる可能性 |
JERA Crossの「24/7カーボンフリー電力」は、GHGプロトコル改定後の世界を見据えた電力調達の「次の標準」への移行を、データ分析から調達戦略立案・実行まで一貫して支援します。まずは現状の電力使用状況、脱炭素の進捗状況を把握し、改定後の基準への対応ロードマップを今から描いておくことをお勧めします。
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本稿に記載の数値・分析・状況は公開情報に基づくものです。
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