2026/5/11
記事

はじめに
国際的なGHG排出量ルールが大きな転換点を迎えています。2025年から本格化したGHGプロトコルScope2ガイダンスの改訂作業では、電力の調達を「1時間単位」で証明する「アワリーマッチング(Hourly Matching)」の導入が焦点となっています。従来の年次ベースの証書調達では対応できなくなる可能性があり、特にグローバルに事業展開する製造業・物流・データセンター運営企業は、今から方針を再検討する必要があります。本記事では、アワリーマッチングの正確な定義から、国際動向、日本での実証事例、そして企業が取るべき具体的なアクションまでを解説します。
阿須間 麗
株式会社JERA Cross テクノロジー本部 顧客支援システム部 部長
コンサルティング会社/事業会社にて複数のDXプロジェクトに従事後、Tech系スタートアップで新規事業・プロダクト開発を主導。現在はJERA Crossにて、GX領域でのデジタルソリューション開発を推進中。
アワリーマッチング(Hourly Matching)とは、企業が消費する電力と、再生可能エネルギー(以下、再エネ)や水素発電などのカーボンフリー電源が発電した電力を、1時間単位で対応させる手法のことです。「電気を使った時間帯」と「クリーンな電源が発電した時間帯」を1時間ごとに紐づけ、その整合性を追跡・証明します。
これは従来の手法とどう違うのか。従来のScope2マーケット基準では、企業は「年間で消費した電力量と同量の再エネ証書(非化石証書など)を購入すれば、電力の再エネ化が達成できる」とされてきました。例えば年間100万kWhを消費する企業が、100万kWh分の証書を年間通じて購入すれば、排出量をゼロとみなすことができます。
年次マッチングとアワリーマッチングの主な違いは以下のとおりです。
比較項目 | 年次マッチング(従来) | アワリーマッチング |
時間粒度 | 年間合計 | 1時間単位 |
GHGプロトコル対応 | 現行基準で適合 | 改訂後基準で適合 |
グリーンウォッシュリスク | 高(夜間分が曖昧) | 低(時間帯別に証明可能) |
欧米サプライヤー要求 | 一部で不十分と指摘 | Google・Microsoftが要求 |
対応電源の例 | 再エネ証書(時刻情報なし) | PPA+蓄電池、バイオマス発電等 |
24/7 CFE(24/7 Carbon Free Energy:24時間365日カーボンフリー電力)とは、企業が消費するすべての電力を、あらゆる時間帯においてカーボンフリー電源で賄うことを目指す考え方です。2018年に米Googleが提唱し、現在は世界150以上の企業・団体が国連主導の「24/7 CFE Compact」に参画しています。(出典:UN Energy、24/7 Carbon-Free Energy Compact)
アワリーマッチングはこの 24/7 CFE実現のための中核的なアプローチであり、「すべての時間帯にカーボンフリー電力を供給できているか」を数値で追跡する仕組みです。
※ Google環境レポート2023によると、世界の地域別アワリーマッチング達成率で欧米が概ね80%超を記録する一方、日本は16%に留まっています。この差が、日本企業がグローバルサプライチェーンで受けるプレッシャーの実態を示しています。
出典:Google Environment Report 2023
GHGプロトコルのScope2ガイダンスは2015年の制定以来、約10年ぶりの大規模改訂が進んでいます。2025年10月にパブリックコンサルテーションが開始され、コメント提出期限は2026年1月31日まで延長されました。スコープ2改訂案の最終版は2027年中に公表される予定です。
出典:Green Value Chain促進ネットワーク 事務局(2025年11月)
改訂の主な論点は3つになります。
アワリーマッチング(マーケット基準での1時間単位の需給一致)の導入
供給可能性(Deliverability)に基づく調達境界の明確化
標準供給サービス(SSS)の定義
GHGプロトコル改訂についてはこちらの記事もご覧下さい。「GHGプロトコル改定とは?2027年最終改訂版公表に向けた算定基準の厳格化と企業への影響」
改訂案が正式に採用された場合、現在日本で広く使われている非化石証書(FIT非化石証書など)は、制度として時刻情報を持たないため、マーケット基準での利用が大幅に制限される可能性があります。特に大口電力消費者(年間10GWh以上の単一地域での消費)にはアワリーマッチングの段階的導入が求められる見込みです。
製造業では生産活動における電力消費がCO₂排出量の 6〜7割を占める企業も少なくありません。年間ベースの排出係数での算定に頼ってきた企業が、時間帯別報告へのシフトを迫られれば、算定基盤の抜本的な見直しが必要になる可能性があります。
アワリーマッチングの実装は、法規制の変化を待たずして、ビジネス上の要件として先行している企業もあります。Googleは2030年までに世界全拠点で24/7 CFEを達成するという目標を掲げており、そのサプライヤーにも同様の報告を求める動きが出てきています。Microsoftや独SAPも24/7対応のトレーサビリティを重視しており、自動車・半導体・精密機器などのグローバル製造業でアワリーマッチングへの対応が「取引継続の条件」となる可能性があります。
2025年、アワリーマッチングの実証が日本で着実に進んでいます。NTTアノードエナジー株式会社・JERA Cross・NTTドコモの3社は、2024年12月から2025年9月にかけて、NTTドコモの通信ビル3拠点(青森・秋田・仙台)に対して、バイオマス発電を含む電力供給のHourly Matchingを実施しました。
このうち、バイオマス発電を用いたHourly Matchingの実証は国内初となります。実証では、Granular Energyのプラットフォームを活用し、Energy Tag Standardという国際標準に準拠した形で、消費電力と発電電力を月別・時間帯別に可視化。実証期間10カ月のうち、7カ月は全時間帯でHourly Matching率100%を達成したことが確認されました。
出典:JERA Cross公式ニュースリリース、2026年2月
2025年4月、JERA Crossはグローバルインベスター・アクティスが設立した再エネプラットフォーム「のぞみエナジー」と特定卸供給に関する基本契約を締結し、Hourly Matchingを前提とした電力供給を需要家向けに開始しました。のぞみエナジーが千葉県に保有する「Maki太陽光発電所」(パネル出力24MW、年間発電量見込み30GWh)の電力を活用するもので、JERAが出資するGranular Energyの技術を使って発電・消費データを時間帯でトラッキングし、需給マッチングの透明性を確保しています。
出典:JERA Cross公式ニュースリリース、2025年4月
JERAグループのコーポレートベンチャーキャピタル、JERA Venturesがクリーンエネルギー管理ソリューションに特化したソフトウェアプロバイダー 、Granular Energyと戦略的パートナーを組み、出資を行いました。
当社は、これまでに24/7カーボンフリー電力※のトラッキング・証明等の社会実装に向けた取り組みを進めてまいりました。Granular Energyと協業を開始することで「お客さまの電力をリアルタイムで可視化」し、当社が提供する24/7カーボンフリー電力の市場普及・拡大をリードし、真のカーボンフリー社会の実現に向けて貢献してまいります。
出典:JERA Cross公式ニュースリリース、2024年10月
JERA CrossではGHGプロトコル改訂の先を予測し、これらの取り組みを行うことで「アワリーマッチング対応の実装モデル」を日本市場で先進的に進めています。
※経済産業省の「電力の小売営業に関する指針」に従い、需要電力量の100%について、CO2ゼロエミッション電源(再生可能エネルギー発電設備及び水素発電設備を意味します。)を電源構成とし、 及び非化石証書の使用による環境価値をともに供給することを意味しており、 燃料の製造・輸送等のライフサイクルを含めてCO2が排出されないことを意味するものではありません。
▶ 24/7カーボンフリー電力供給サービスの詳細:
JERA Cross 24/7カーボンフリー電力供給サービス
アワリーマッチング対応の必要性・緊急度は業種によって異なります。以下の業種は特に早期対応が求められる可能性があります。
業種 | 背景・理由 | 影響度 |
大手製造業(自動車・電機・精密) | Scope3での欧米サプライヤー要求が先行。グリーン製品認定に直結 | ★★★ 高 |
データセンター・通信事業者 | 24時間稼働が前提。夜間電力の出どころ証明が課題 | ★★★ 高 |
多拠点小売・サービス業 | RE100・CDP評価でより精緻な報告が求められる可能性 | ★★☆ 中 |
物流・インフラ | 荷主から再エネ化の証明粒度を求められるケースが増加 | ★★☆ 中 |
まず自社のScope2排出量算定が、現在「ロケーション基準」と「マーケット基準」のどちらに依存しているか、またマーケット基準を使っている場合はどの証書種別(FIT非化石証書・非FIT非化石証書・J-クレジット等)を活用しているかを整理します。GHGプロトコル改訂後に影響を受けるのは、主にマーケット基準でのScoep2算定です。時刻情報のない証書に大きく依存しているほど、対応コストは高くなる可能性があります。
アワリーマッチングを実現するには、「発電時刻が追跡できる電源」との直接契約(コーポレートPPA)や、時間単位のデータ管理プラットフォームとの組み合わせが必要になります。太陽光PPAは昼間帯のカバーに強い一方、夜間帯には蓄電池やバイオマス発電のバックアップが必要となります。電源ポートフォリオ全体でどの時間帯に「隙間」が生まれるかを分析し、優先対応帯を特定することが実務的に有効です。
コーポレートPPA(オフサイト型)の導入事例としては、JERA Crossがコシダカ様(カラオケまねきねこ)の東北エリア22店舗、アインHD薬局(関西エリア)様、東京メトロ様へのバーチャルPPA締結などを支援しています。
詳細はこちらの導入事例をご確認ください。
GHGプロトコルの最終版公表は2027年を予定しており、現時点では確定事項ではありません。ただし、欧米グローバル企業のサプライヤー要求は法規制の確定を待たず、サプライチェーンに対応を求め始めています。自社のCDPスコア・SBTi認証・取引先のScope3削減要求状況を確認し、どの時点でアワリーマッチング対応に踏み込むべきか、GX戦略の中に位置づけておくことが重要です。
▶ GXコンサルティングサービス(GTS)の詳細:
Q1. アワリーマッチングは現時点でGHGプロトコルの義務になっていますか?
A. 2026年4月時点では義務ではありません。GHGプロトコルScope2ガイダンスの改訂最終版は2027年公表予定であり、現在パブリックコンサルテーションの段階です。ただし、欧米グローバル企業が取引先に対してすでに求めているケースがあります。
Q2. 日本の非化石証書はアワリーマッチングに使えますか?
A. 現行の非化石証書は時刻情報を持たないため、改訂後のアワリーマッチング要件を満たすには不十分になる可能性が高いと指摘されています。コーポレートPPAや時間帯別のデータ追跡プラットフォームとの組み合わせが現実的なアプローチとして検討されています。
Q3. アワリーマッチングとRE100は別の概念ですか?
A. はい、別の概念です。RE100は「年間で使用する電力の100%を再エネにする」という年次ベースの目標です。アワリーマッチングはさらに踏み込んで「すべての時間帯に」再エネで賄えているかを問うものです。RE100の「上位互換」として24/7 CFEが位置づけられており、欧米の先進企業はすでにこの水準を目指す動きが出ています。
Q4. 中小規模の企業でもアワリーマッチングへの対応が必要ですか?
A. GHGプロトコル改訂案では、年間電力消費量10GWh以上の大口需要家を段階的導入の優先対象として提案しています。ただし、大手取引先のScope3削減要求を受ける中堅メーカーや物流会社は、自社規模と関係なく対応を検討する必要が生じる可能性があります。
Q5. JERA Crossはアワリーマッチング対応を支援してくれますか?
A. はい。JERA CrossはFlexidaoおよびGranular Energyとのパートナーシップを通じて、時間単位の電力データ追跡プラットフォームを国内で実証・展開しています。GXコンサルティング(GTS)と脱炭素電力供給(GEM)のワンストップ支援で、自社に適した電源ポートフォリオ設計から、Hourly Matching対応の電力調達まで一気通貫でご支援いたします。
アワリーマッチングは、GHGプロトコルの改訂が確定するまで静観すればよい話ではなくなっています。Googleが世界のデータセンターで2030年目標を掲げ、そのサプライヤー要求を通じて日本企業にも波及しつつあります。製造業の電力消費がCO₂排出の6〜7割を占める現実を踏まえれば、時間帯別の電力脱炭素化は排出量算定の精度そのものを問い直すものとなります。
早期に対応した企業は、グローバルサプライチェーンでの信頼性向上・CDP評価の向上・SBTi認証の優位性確保といった形で脱炭素を競争力に転換できるのではないでしょうか。
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