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はじめに
現在の制度では再エネ証書を年間の消費電力量と同量だけ購入すれば、電力の再エネ化が達成できます。多くの企業がこの考え方に基づいて再エネ調達を進めてきました。一方で、夜間に消費した電力の出どころは、年間ベースの証書では証明できません。この課題に対して、電力の環境価値を「発電した時刻」とともに証明する仕組みとして整備されたのがEnergyTag Standardです。本記事では、EnergyTagという組織と標準の違い、標準が定める内容、従来の証書との違い、日本での位置づけまでを順に解説します。
阿須間 麗
株式会社JERA Cross テクノロジー本部 顧客支援システム部 部長
コンサルティング会社/事業会社にて複数のDXプロジェクトに従事後、Tech系スタートアップで新規事業・プロダクト開発を主導。現在はJERA Crossにて、GX領域でのデジタルソリューション開発を推進中。
EnergyTagは、英国に登録された独立系の非営利組織です。時間単位の電力トラッキングを実現するための、EnergyTagが策定する自主的な国際標準と、その標準に準拠して証書を発行する機関(GC Issuer)の認定を担っています。なお、EnergyTag自身は炭素会計の基準やGHG算定ルールを定める組織ではありません。あくまで「証書を発行・管理する仕組み」に対する標準化と認定を行う役割であることが、EnergyTag自身によって明示されています。
EnergyTagは、「Accelerating Clean Power Every Hour, Everywhere(毎時間、世界中でクリーン電力を加速する)」を掲げ、クリーン電力が必要な時間・場所で利用可能となる社会の実現を目指しています。電力会社や企業需要家、系統運用者、政府機関、NGOなど世界各国の幅広いステークホルダーと連携し、時間単位の電力トラッキングに関する国際標準の策定や、電力市場・炭素会計の高度化を推進しています。
実務で混同されやすい点として、「EnergyTag」は組織名、「EnergyTag Standard」はその組織が策定した標準文書群を指します。当社では前者を「Granular Certificateの国際標準を策定する国際非営利組織」、後者を「電力の環境価値を1時間単位の粒度で証明・管理するための国際的な標準仕様書」として区別しています。
EnergyTag Standardは特定の電源種別に限定されず、すべての電源のトラッキングを対象とする技術中立の設計を採っています。原子力を含むあらゆる電源が対象となり得ることをEnergyTagはFAQで示しています。
EnergyTag Standardの中核概念がGranular Certificate(GC、時間単位証書)です。EnergyTagに準拠したGCとは、「1時間以下の期間に発電された電力の属性に関する証書であり、EnergyTag GC Scheme Standardの要件と運用ルールに従って発行されたもの」と定義されています。ポイントは「1時間以下」という時間粒度です。従来の証書が年間や月間の発電量を単位としていたのに対し、GCは、1時間またはそれより細かい時間粒度で発行・管理されます。
出典:EnergyTag「Granular Certificate Scheme Standard Version 2」
EnergyTag Standardは、主に2つの文書で構成されています。
文書 | 役割 |
GC Scheme Standard(Version 2) | GCの発行・移転・取消といった証書の一生を管理する「スキーム」の要件を定める。発行機関が満たすべき基準を規定する |
GC Matching Standard(Version 1) | 取消されたGCの属性を、対応する消費電力量に割り当てる「マッチング」のルールを定める。時間・地理などのマッチング条件を規定する |
出典:EnergyTag「Granular Certificate Scheme Standard Version 2」
前者が「証書をどう発行し、二重計上を防ぐか」、後者が「発行された証書を消費とどう対応させるか」を扱う、という分担です。
GC Scheme Standardでは、発電時刻・発電場所・電源種別など、GCが保持すべき属性や発行・移転・取消等の要件が定められています。一方、GC Matching Standardでは、こうして発行されたGCを需要側の消費電力と時間的・地理的に対応付けるためのルールが定められています。
また、蓄電池を経由した電力の扱いについても、Storage Charge Record(蓄電記録)という概念が定義されており、蓄電による時間シフトをトラッキングに組み込む設計となっています。
出典:EnergyTag「Granular Certificate Matching Standard Version 1」
従来の再エネ属性証書(日本の非化石証書、国際的なI-RECなど)は、月間や年間といった長い期間の発電量をもとに発行され、発電時刻の情報を持ちません。そのため、需要家が「何時に発電された電力を、何時の消費に対応させたか」を証明することはできませんでした。GCはこの点を解消するために設計された証書です。
比較項目 | 従来の証書(年次・月次) | Granular Certificate(GC) |
時間粒度 | 年間または月間 | 1時間以下 |
発電時刻の情報 | なし | あり(タイムスタンプ付き) |
地理的な対応付け | 制度により異なる | Deliverability(供給可能性)の地理的マッチングの条件を定義 |
蓄電の扱い | 多くの制度で想定されていない | Storage Charge Recordで記録 |
主な用途 | 年次マッチング(RE100等) | Hourly Matching・24/7 CFE |
GCは、アワリーマッチングを標準化された形で実施・検証するための証書の仕組みです。アワリーマッチングという「手法」と、GCという「証書」、EnergyTag Standardという「証書の標準」は、それぞれ別のレイヤーの概念になります。
アワリーマッチングの考え方や年次マッチングとの違いについては、「アワリーマッチングとは?GHGプロトコル改定で変わる企業の再エネ調達と対応策」で詳しく解説しています。
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EnergyTag Standardは、GCを発行する主体と既存の証書制度との関係によって、複数の「構成(Configuration)」を定義しています。既存の証書制度がある国でも段階的にGCを導入できるようにするための設計です。
構成 | 内容 | 認定事例 |
Configuration 1 | 既存の証書発行機関自体がGC発行体となり、発電者に直接GCを発行する | Energinet(デンマークの送電事業者・発行機関) |
Configuration 2 | 既存の証書制度を補完・拡張する形でGCスキームを運営する | — |
Configuration 3 | 既存の証書と時間別の発電データを組合わせてGCを生成する | Flexidao、Granular Energy |
Configuration 3は、国の証書制度がまだ時間単位に対応していない地域でも、既存の証書と時間別データを組み合わせることでGCを成立させる構成です。日本のように非化石証書という既存制度がある市場では、この構成が現実的な選択肢の一つになります。
EnergyTagは2025年6月、標準に準拠したGC発行体として初めてEnerginetとFlexidaoを認定したと発表しました。その後、2025年8月にはGranular EnergyもConfiguration 3の発行体として認定を受けています。標準文書の公表から、実際に認定された発行体がGCを発行する段階へ移行したことを示す動きです。
出典:EnergyTag Accredits First Granular Certificate Issuers, Marking a Major Milestone for Hourly Clean Energy Tracking(2025年6月25日)、Granular Energy becomes accredited issuer of Granular Certificates under EnergyTag(2025年8月12日)
2025年に実施されたScope 2パブリック・コンサルテーションのドラフトでは、Hourly MatchingやDeliverabilityの導入が提案されました。GHGプロトコルは現在、寄せられた意見を踏まえて案を再検討しており、これらの要件が最終基準にどのような形で採用されるかは現時点では確定していません。
前述の通り、EnergyTag自身がGHGプロトコルの基準策定を担っているわけではありませんが、GHGプロトコル Scope 2改定のTechnical Working Group(TWG)には、EnergyTagのCEOであるKillian Daly氏がメンバーとして参加しています。TWGでは、Scope 2算定における時間単位での電力消費とクリーン電力のマッチング(Hourly Matching)を含む論点について検討が行われており、EnergyTagがこれまで推進してきたGranular Energy Accountingと密接に関連する議論が進められています。
GHGプロトコルとISOは企業向けGHG算定基準の統合を進めており、Scope 2を含む統合Corporate Standardは2028年第4四半期に公表予定です。この方向性が最終基準に採用された場合、時間単位で発電属性と消費を対応付けるためのデータや証書インフラの重要性が高まると考えられ、その手法の一つとしてEnergyTagのGCが位置づけられます。
GHGプロトコル改定の全体像は「GHGプロトコル改定とは?2028年最終改定版公表に向けた算定基準の厳格化と企業への影響」をご参照ください。
EnergyTagによれば、各国の証書制度は時間単位への移行を進めています。EUでは、再生可能エネルギー指令(RED III)において、Guarantee of Origin(GO)について、より細かな単位やリアルタイムに近いタイムスタンプでの発行を加盟国が可能にすることが促されています。台湾のT-RECは2017年から15分間隔で運用されています。また、I-REC Standardも50か国以上で時間単位のGCを可能にする取り組みを進めています。
GoogleやMicrosoftなど、24/7 CFE(24時間365日カーボンフリー電力)を目標に掲げるグローバル企業は、時間単位での再エネ利用の証明を重視しています。こうした企業がサプライヤーにも同水準の報告を求める動きは、日本企業にも波及しつつあります。
日本の非化石証書は、制度として発電時刻の情報を持ちません。EnergyTag Standardに基づくGCは、前出のConfigruationに記載の通り、非化石証書に時刻情報を付与する手法に限らず別枠のトラッキング手法とする構成も定義されています。当社の実証においても、Config3の構成を用いており、「非化石証書制度とは別に、EnergyTag Standardに基づくトラッキング手法を用いて時間単位での対応関係を示すものであり、現行の非化石証書制度における証書の性質や制度そのものを変更するものではありません。つまり、非化石証書で非化石価値を証明し、その上にGCの枠組みで時間単位の対応関係を可視化する、という重ね方が、当社の実証における整理です。
日本における時間単位証書の社会実装については、東京大学大学院工学系研究科 田中謙司研究室が2026年5月19日に「Hourly matching・時間単位証書の社会実装に向けたショートペーパー」を公表しています。
出典:東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻 田中謙司研究室「Hourly matching・時間単位証書の社会実装に向けたショートペーパー」(2026年5月19日)
JERA Crossは2026年4月、Google Cloudのデータセンターに対し、JERA Crossが提供する太陽光発電由来の非化石証書と、時間ごとの発電量・需要量データを用いて、EnergyTag Standardに基づくGCを生成する実証を実施しました。Hourly Matchingの実施とGC生成は、EnergyTagの認定発行体であるGranular EnergyとFlexidaoが担っています。この実証は、日本における基盤整備の一環として位置づけています。
参考:Google データセンターに対する再生可能エネルギー利用の時間単位証書の生成に関する実証について
JERA Crossではこれ以前にも、NTTアノードエナジー・NTTドコモとの通信ビル3拠点でのHourly Matching実証や、のぞみエナジーとのHourly Matchingを前提とした電力供給などを通じて、EnergyTag Standardに準拠した時間単位のトラッキングの実装を進めています。
参考:NTTグループとJERA Cross、24/7(twenty - four seven)カーボンフリー電力供給に向けた Hourly Matchingの実証実験を完了
JERA Crossの「24/7カーボンフリー電力」の詳細はこちら
GCによる証明は、需要側の時間別消費データと、発電側の時間別発電データの両方があって初めて成立します。自社拠点の30分値・1時間値の電力データが取得・保管できているか、電力会社やPPA事業者から時間別の発電データを受け取れるかを確認することが第一歩になります。
現在の電力調達先やPPA事業者が、非化石証書に加えて時間別の発電データや時間単位のトラッキングに対応できるかを確認します。太陽光PPAは昼間帯のカバーに強い一方、夜間帯は別の電源や蓄電池との組み合わせが必要になります。
GHGプロトコルとISOは企業向けGHG算定基準の統合を進めており、Scope 2を含む統合Corporate Standardは2028年第4四半期に公表予定です。ですので現時点で確定した義務ではありません。ただし、時間単位での証明を求めるグローバル企業の要請は改定の確定を待たずに広がっています。自社のGX戦略の中で、どの時点で時間単位のトラッキングに対応するかを位置づけ、必要に応じて24/7カーボンフリー電力の調達を選択肢として検討することが現実的な進め方です。
JERA Crossは、GXコンサルティング(GTS)と脱炭素電力供給(GEM)を組み合わせ、電源ポートフォリオの設計からHourly Matching対応の電力調達までを一気通貫でご支援しています。
JERA Cross GXコンサルティングサービスの詳細はこちら
Q1. EnergyTag Standardへの準拠は法的な義務ですか?
A. 義務ではありません。EnergyTag Standardは非営利組織が策定した自主的な国際標準です。ただし、GHGプロトコルScope2ガイダンスの改定案で時間単位のマッチングが検討されており、採用された場合には時間単位で証明できる証書の必要性が高まると見込まれています。
Q2. 非化石証書があればGranular Certificateは不要ですか?
A. 用途が異なります。非化石証書は非化石価値を証明する制度上の証書であり、発電時刻の情報を持ちません。GCは非化石証書を置き換えるものではなく、時間単位での発電と消費の対応関係を示す別枠のトラッキング手法です。JERA Crossの実証では、両者を組み合わせて用いる形(EnergyTag Standard Configuration 3)を採っています。
Q3. 日本企業はすぐにGranular Certificateを取得できますか?
A. 日本では時間単位証書の制度整備はまだ検討・実証の段階です。現時点では、EnergyTagの認定発行体(Granular Energy、Flexidaoなど)のプラットフォームを通じて、非化石証書と時間別データを組み合わせるConfiguration 3の形でGCを生成する取り組みが実証として進められています。JERA CrossのGoogle Cloudデータセンター向け実証もこの形式です。
EnergyTag Standardは、電力の環境価値を1時間単位で証明するGranular Certificateの国際標準です。年間総量での一致から時間単位での一致へと、再エネ利用の証明のあり方が変わりつつある中で、各国の証書制度やグローバル企業の要請、GHGプロトコル改定の議論を横断する共通言語として整備が進んでいます。
日本では非化石証書制度との関係整理や基盤整備がこれからの段階ですが、認定発行体との連携による実証は始まっています。自社の電力データの時間解像度を確認し、調達先の対応可能性を把握しておくことが、制度の動きに合わせて対応するための準備になります。
【免責事項】
本稿に記載の数値・分析・状況は公開情報に基づくものです。※「24/7(twenty-four seven)カーボンフリー電力」は、経済産業省の「電力の小売営業に関する指針」に従い、需要電力量の100%について、CO2ゼロエミッション電源(再生可能エネルギー発電設備および水素発電設備を意味します)を電源構成とし、および非化石証書の使用による環境価値をともに供給することを意味しており、燃料の製造・輸送等のライフサイクルを含めてCO2が排出されないことを意味するものではありません。
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